三日月の下、君に恋した
 もう彼女に会うことはできない。話をすることもできない。


 個人的な問題に彼女を巻きこみたくなかったし、何よりこのことで彼女の思い出を壊したくなかった。あの本は、彼女にとって特別なもののようだったから。


 なかったことにするしかない。


 この週末、ずっと悩みつづけ、考えた末に出した結論だった。


 それでも、二度と彼女にふれることができないと思うと、息苦しいほどの苛立ちをおぼえた。やわらかくて、とてもいい匂いのする彼女の肌や髪を思い出すたび、またふれたくてたまらなくなってしまう。


 金曜の夜から、何もかも狂ってしまった。

 思うように制御できない自分自身への苛立ちが、頂点に達している。


 あのハンカチのことも、嘘をつくしかなかった。ふたたび会う機会を作ってしまったら、どうなるかわからない。今は誰よりも、自分自身がいちばん信用できない。

 だけど、あれはやはり返すべきかもしれないと思った。

 食堂で会ったとき、あからさまに全身で航を拒絶していた彼女が、わざわざ追いかけてきてまで確かめようとしたのだ。よほど大切にしているものなんだろう。


 それに──。

 なぜか、あのハンカチには見覚えがあった。
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