三日月の下、君に恋した
 忘れることにしたんじゃなかったの?

 あの夜だけで終わらせたかったんじゃないの?

 なのに、なんであんなキスしたの?


 彼にぶつけたい疑問が胸の中でごろごろしているのに、ぶつける勇気がない。

 彼の気持ちを知りたいという思いが、日に日に菜生の中で強くなっていく。自分のことをどう思っているのか、彼の本心が知りたかった。

 だけど、もしあの噂が本当で、彼がつかのまの遊び相手として自分を選んだだけだったら? ちょっとからかって面白がっているだけだったら?

 それに、彼のほうもなんとなく、菜生との関係を隠したがっているような気がした。


 せめて連絡先くらい、聞いちゃだめかな。


 こんなふうに社内で偶然会うのを待つしかないなんて、つらすぎる。ただでさえ、営業企画部とは接点がないというのに。

 菜生はそおっと顔を上げて、彼の横顔を盗み見ようとした。その瞬間に、彼がこっちを見た。しっかり目が合ってしまった。

「何?」

 淡々とした表情でそっけなく言われる。

 菜生は「何でもないです」と小声で答え、うつむくしかなかった。
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