三日月の下、君に恋した
 気持ちはわかるが、これではあいつの思うつぼだ。

「タレントのTはどうですか。知的なイメージがありますし、以前、文具に強いこだわりがあるとインタビューで語っているのを聞いたことがあります」


 航が意見を出すと、部長がほっとしたような顔をして頷いた。

 だが、梶専務は企画書を手にして足を組むと、あっさり言った。

「その人物ならもう決めてある」


 全員が顔を上げた。


「作家の葛城(かつらぎ)リョウだ」


 一瞬、部屋の温度が下がったように思えた。


 しばらく、誰も口を開くことができなかった。数分後に、主任が梶専務の表情をうかがいながら遠慮がちに言った。

「しかし彼は、かなりのマスコミ嫌いで有名ですが……」

「もちろん知ってるよ」


 口をつぐむ主任に代わり、部長が慌てて言う。

「まあ、何というか、見た目も言動も派手な人ですから、もしCMに出てくれるなら、かなりの評判にはなるでしょう。でも、文具にこだわりとかあるんですかねえ。確かに売れっ子の作家ではありますが、万年筆ってイメージではないですよね」
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