三日月の下、君に恋した
 専務に従って食堂を出た。エレベーターの前に航と葛城リョウが立っていた。菜生に気づくと、航はかすかに顔を歪めたように見えた。

「葛城先生、申し訳ないのですが私はここで失礼いたします。書類は彼女に預けますので、ロビーでお待ちいただけますでしょうか」


 やっぱり別人のようなおだやかな口調で、梶専務は葛城リョウに向かって丁寧に説明した。けれど、彼が答えるよりも、航が言葉を発するほうが先だった。


「専務、書類は私が取りにいきます」

「きみは、一階のロビーまで先生をご案内して」

 梶専務のやわらかい声に、微妙な感情の起伏が重なる。専務が菜生の腕をとろうとしたとき、航が間に入ってそれを遮った。


「書類は私がお持ちして、先生を案内する役は沖原さんに頼みます」

 有無を言わせぬ口調できっぱりそう言うと、航は菜生の背中を軽く押して、エレベーターの前に立つ葛城リョウの方へ歩かせた。


 背中を押されると同時に、菜生の頭上で「すぐ行く」という低い声が聞こえた。


 ポンというエレベーターの到着する音がして、扉が開く。菜生は葛城リョウと一緒にエレベーターに乗りこんだ。

 扉が閉まる直前、梶専務の口元にかすかな嘲笑が浮かぶのを見たような気がした。
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