三日月の下、君に恋した
「ごめんなさい」

「何が?」


 航がびっくりしたように菜生を見る。

「その……私と専務のことで、早瀬さんに迷惑かけてませんか?」


 彼の表情がわずかに緊張を帯びた。

「梶専務と、何があったの?」


 菜生はためらった。説明するのは難しかった。社長とのことを、どう話せばいいかもわからない。それに、もし、彼が専務と同じように誤解したら──今度こそ立ち直れない。

「ごめん。ここで話せるようなことじゃないよな」

 菜生は急いで首を振った。ほんとうは今すぐ何もかも話してしまいたいのだ。でも。


 困惑していると、「迷惑じゃないから」と彼が言った。

「俺のほうは大丈夫。何も困るようなことは起きてないから、心配しなくていい」

 菜生は顔を上げた。


 やわらかな笑顔がまっすぐ自分に向けられていて、心臓が大きく跳ね上がった。不意打ちはよくない。

 彼がエレベーターに向かって歩き出す。午後の業務はとっくに始まっていた。ずっとここにいるわけにはいかないとわかっていても、離れるのは名残惜しかった。
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