三日月の下、君に恋した
 確かめたいことは、ひとつだった。

 彼があの本の挿絵を描いた千鳥という画家で、母が隠し持っていた日本画を描いた人物なのかとか、母とどういう関係だったのかとか、なぜ同じ時期に母は作家を辞め、彼は画家を辞めたのかとか、そんなことはどうでもいい。


 ただ彼の絵を──彼がつくりだす色をこの目で見たい。それだけでよかった。北原まなみの息子だと名乗るつもりもない。


 だけど、羽鳥克彦は二度と絵筆をとるつもりはなさそうだった。それについ最近まで、体を病んで入院していたのだ。あの梶専務が乗り出してきた以上、今後はいっそう本人が表に出てくることはないだろう。


 もう会うことはできないかもしれない。


 創業六十周年の広告企画が最初で最後のチャンスだったのに、それさえ梶専務の横やりのせいで、望みはなくなりつつあった。


 どうすればいい?


「起きろ」

 急に不機嫌な声が降ってきて、航は目を開いた。

「寝てんじゃねーよ」

 オレンジ色の髪をした背の高い男が、縁側に降りそそぐ陽射しを遮っていた。淡いグレーの瞳がこちらを見下ろしている。
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