ふたり。-Triangle Love の果てに
~片桐勇作~


気付かないふりをするのも、思ったより大変だ。


真琴の様子を見るにつけて、嫌でも泰輔兄さんと進展があったのだとわかる。


メイクも変わって、あの長い黒髪をばっさりと切った。


一緒にとる朝食。


意識していないんだろうが、口角があがっているのは誰がみても明らかだよ。


真琴、恋をしておまえはきれいになったよ。


でもなぜ泰輔兄さんとのことを俺には話してくれない?


おまえから言ってくれるのを待ってるんだけどな。


悔しいが俺には反対する理由なんてない。


あの人は一見冷たそうだけど、本当は優しい人だよ。


なつみ園で彼の一番近くにいたのは、同室の俺だからよくわかってるつもりだ。


なぁ、真琴。


おまえから言ってくれるまで、俺は気付かないふりをするよ。



新聞社での打ち合わせの後、美容室「ジョアン」の岸田千春から突然電話があった。


『この間ね、妹さんがお店にいらしてくれてね、ばっさりと髪を切らせていただきましたから』とおどけて言う。


「え!真琴、千春ちゃんのお店に行ったの!?」


『そうよー』と明るい返答。


あいつ、そんなこと一言も…。


泰輔兄さんから真琴と三人で食事に誘われた時、俺は嘘をついた。


千春ちゃんと会うことになってる、と。


彼女にその時のアリバイを頼んでなかっただけに、真琴がその時のことを根掘り葉掘り聞いていないか気になった。


そんな心配をよそに「真琴ちゃん、ボブも似合ってるでしょ。美人はどんな髪型でも似合っちゃうのよね」と千春ちゃん。


「それは君の腕がいいからだよ」


『またまたぁー』


「いや、本当だよ。で、あのさ…」


かさつく唇をなめながら、俺は口ごもった。


それを察したのか千春ちゃんは落ち着いた声で言った。


『大丈夫、話は合わせておいたから。今日はそれを伝えたくて電話したの』


「あ…ありがとう。実はさこれには色々と事情があって」


『客商売ですから、ああいうことには慣れてるの。でももし今度あたしの名前を使う時は、あらかじめ言ってよ』


「ごめん、ごめん」


『…もう…』


「……」


微妙な沈黙。


息遣いだけが伝わってくる。


「あのさ、今度の休みっていつ?」


『え!あたし?』


「そうだよ、俺は今君と話してるんだから」


『ええっと、いつでもいいのよ』


「食事でもどうかなって思ったんだけど」


『またアリバイ?』


「あはは。違う違う。今度は本当に誘ってるんだ。勝手に名前を使わせてもらったお詫びと、言い訳をさせてもらおうかなって。どうかな」


『……』


「千春ちゃん?」


『あ、えっとじゃあ今週の日曜日なんてどうかな。比較的ホステスのお客さん少ないから、休みやすいんだ』


「じゃあ決まり」

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