電網自衛隊
 見かねた年配の男性社員が全員に呼び掛けた。
「よし、とにかく一度電源を落として再起動してみよう」
 全員が電源ボタンを長押しして強制的にパソコンの電源をオフにし、立ち上げ直す。個々のパソコンのスクリーンにOSの起動画面が映る。だが、そこに現れた文字は「Windows 98」だった。とっくにメーカーがサポートを終了した古いバージョンを経費節約のためにまだ使っていたのだ。
 メーカーのサポート期間が終わったOSは、ウイルスに侵入されてもメーカーからの警告がなくなる。そもそもメーカーはもう、そうしたセキュリティサービス自体を提供していない。さらに悪い事に、その会社のパソコンにはセキュリティソフトが入っていなかった。イントラネットだから必要ないという事にされてしまっていたのだ。
 OSの欠陥、いわゆるバックドアから侵入した何者かは、その会社のイントラネットを丸ごと乗っ取ってしまい、そこから次のターゲットに着々と指令情報が送信されていた。
 その最初の戦果は、そこから遠く離れた川崎市内の幹線道路の交差点で発生した。2台の乗用車が両方の道から同時に交差点に進入し、片方がもう片方の横っ腹に衝突したのだ。幸いドライバーの怪我は軽かったが、当然双方が車外に出て猛然たる言い争いになった。
「馬鹿野郎!信号無視しやがって!てめえ、免許持ってんのか!」
「ふざけんな!信号無視はそっちだろうが!俺はちゃんと青信号を確かめて……」
 そう言って信号機を指差したその男は開いた口を閉じられなくなった。相手の男も信号機を見てその場に固まってしまった。その交差点の信号機は両方が青になっていた。二人の背後から次々と車の急ブレーキの音やガチャンという音が響き始めた。
< 19 / 38 >

この作品をシェア

pagetop