無口な彼が残業する理由 新装版

「あたし、思うんだけどさ」

菊池さんはリップグロスをポーチに片付けながら

鏡越しに私を見据えていた。

「なんですか?」

「恋愛関係なんて脆いんだから、お互いもっと素直にならないと、壊れちゃうよ」

体の芯に響くような、落ち着いた声だった。

いつも茶化してくるような明るい声じゃなかった。

「素直にならないと、壊れちゃう」

素直になれてないもんな、私。

もしかしたらもうすでに壊れかけているのかもしれない。

「素直にならないと」

だけど私が素直になったら、

こんなに面倒で子供染みた感情をぶつけたら、

きっと呆れられてしまう。

< 268 / 382 >

この作品をシェア

pagetop