コイン★悪い男の純情
 純一はジョッキの瓶に手を入れ、100円玉を片手いっぱいに掴んだ。

 「もしもし、芝です。6ヵ月程前に見合いパーティでお逢いした、芝生の芝です」
 「ああ、思い出しましたわ。芝生の芝さんね。よく、覚えておりますわ」

 清掃のパートをしていた麻由美は、掃除機の先を下に落とした。

 麻由美は普段の喋り方をよそ行きに替えて、気取って電話の応対を始めた。

 「ご主人を亡くされて、1年ほど経ちますが、もう大分落ち着かれましたか」

 「まだまだ、ですねん・・・いや、ですのよ。でも、少し慣れて来ましたわ」

 「それは、良かったです。一度、お食事でもと思い、お電話を差し上げたのですが、明日、土曜日のご都合はいかがですか」

 明日は都合よく清掃の仕事は休みだった。

 麻由美は猫なで声で電話を続けた。

 「明日の午後なら都合が良くってよ。夕方からは予定がありますが」

 清掃の仕事が休みの土日、麻由美は回転寿司のパートの仕事を夕方からしていた。

 「それなら、12時。阪急三宮の駅前の広場で」
 「あそこなら良く存じていますわ。じゃ、明日12時。楽しみにしていますわ」
 「それでは、失礼します」

 電話が終わると、麻由美は携帯電話を握り締め、腕を大きく手前に引いた。


 「よっしゃ」


 麻由美は仕事を中断してトイレに行くと、自分の顔を鏡に映した。


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