空色センチメンタル
「ん……悠美ちゃん?」
 神谷先生はため息をつくようなかすれた声で私の名前を呼んだ。
 昨日は遅くまで病院に残っていたから、会ったのも遅かった。
 疲れているのだろう。いつもならば、私が眼を覚ますとすぐにその気配を感じて目覚める彼だけれど、今日はまだまどろみの中にいるようだ。
「先生、まだ眠っていて大丈夫よ」
 私はそう言って、彼のやわらかな前髪にそっとキスした。
 これは恋愛感情ではないかもしれないけれど、私はこの人を愛しいと思っている。
 私と同じで、恋をすることができない人。その理由を、私は知らないけれど……。
 ううん、それを知ろうとさえしていない。
 だから私たちは恋をしているわけではないのに、こんなに長く一緒にいられるのかもしれない。
 お互いの触れられたくない部分には、なるべく手を伸ばさないようにしているから……。

 私は、神谷先生の腕の中からそっと抜け出した。
 よほど疲れているのか、彼は今度は目を開けなかった。
 寝顔は、29歳とは思えないほどにあどけない。
 5歳も年上の彼を、私はどこか微笑ましい気持ちでいつも見つめてしまう。
 もしかしたら、これが母性本能というものなのかもしれない。
 彼に恋人がいることは知っている。そしておそらく、その恋人のことを愛しているわけではないだろうということも。
 彼は病院内でも有名な遊び人だから、おそらく私以外の女性ともこうしてベッドを共にすることがあるのだと思う。
 だけどそれを知っていても、嫉妬の気持ちは湧き上がらない。
 ただ彼の寝顔を見ていると、慈愛に満ちた気持ちになる。
 清潔感を漂わせる短い髪。
 初めて触れたとき、とてもやわらかい髪質をしていることに気づいた。
 あのときから、私には彼がまるで傷ついた少年のように見えているのかもしれない。

 私は裸の身体にベッドの脇に落ちていた下着を着ける。
 胸元に小さく残るキスマーク。ほんのりと淡いその色は、あまりにも儚くて寂しげだった。
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