空色センチメンタル
 いつもなら、彼と一緒にチェックアウトをするのだが、今日はひとりで帰りたい。
 ――たぶんあの夢のせい。
 陽の夢を見たりしたから、少しセンチメンタルになっているのだろう。
 そんなときは誰かの隣にいたくはない。
 無防備になってしまう心を、さらけ出したくはないから……。

 私はドアを開けてホテルの部屋を出た。
 置手紙を残す必要もないだろう。
 ううん、本当はそんなことするだけの気持ちの余裕がなかった。
 早く、早くひとりになりたくて。
 私はホテルを出て、足早に夜の街を歩いた。
 午前3時半の街は平日だというのに明るくて、私はそれがなんだかやけに切なくなる。
 ――センチメンタルだ。
 胸の中、小さくそんなことをつぶやいた。
 これはセンチメンタルなんだ。
 感傷的になっている暇なんてない。明日も仕事がある。
 実家を遠く離れて、ひとりでこの街で生きていくためには何よりも働かなくてはならないのだ。
 私は毎日を必死で繰り返している。
 看護師としてはまだ一人前と呼べない、未熟者だけれど。
 それでも私は必死でこの街を泳いでいる。
 まるで魚群からはぐれたひとりぼっちの魚のように。


 マンションへ戻ると、カーテンを閉め忘れて出かけたのだということに気づく。
 窓の外はもう明るくなってきている。
 今日は日勤だから、7時半には家を出なければならない。私は小さくため息をついた。
 短大の英文科を出てから、看護師専門学校に入学し直したのは4年前。
 陽との別れのあと、何もできずにいた私は、哀しい思いをすべて勉強にぶつけていたんだと思う。
 けれどその甲斐あって、今はこうしてひとりできちんと暮らしていけるだけのお給料ももらえるし、看護師の仕事にやりがいも感じている。
 そう。あれは必然だったのだ、と今は思う。
 陽は自分の道を歩くために、そして私も私の道を歩くために、あの別れは必然だったのだ。
 それなのにどうしてあんな夢を見てしまったんだろう。
 バッグから取り出した携帯電話。液晶には05:03の表示。
 少し横になろうかな。今日も1日仕事だ。
 少しだけ、ほんの少しだけ、ゆっくりと体を休ませたくて。
 私はベッドに倒れるようにして横たわった。
 何も考えたくなかったし、何にも気づきたくなかった。

 新しい朝が、はじまる。
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