キオクノカケラ

――頭領は、あんな倉庫に行ってどうする気なのだろう。




さも詩織さんがいるように装って、彼を誘き寄せて

彼は、きっと倉庫には詩織さんがいて、その倉庫は頭領にしか開けられない

僕は、おとなしく頭領に倉庫を開けさせるための人質…

と恐らく考えているのだろう。



確かに

あの倉庫は、頭領にしか開けられないし、僕を人質に取るのは得策だと思う。

彼は頭が良いから、頭領の遠回しな言葉に気がつき

この策をとっているのだろう。


けど………



………あまりにも、うまく行き過ぎている。



べつ頭領の考えがあまいわけじゃない。

頭の回転が早い相手にしか通じない策だし、

頭領も、それを分かった上で彼に持ちかけているんだ。


…――だからこそ引っ掛かる。


そこまで頭の良い彼が、こんなにもうまく引っ掛かるだろうか?


5年前にあんなことをした彼が。



…何か引っ掛かる。


「章…」


しばらく考えていた中で不意に声をかけられて、僕は、はっとして前を見た。

そこには、車の運転席へと続く鍵と

目眩まし用の小さな閃光弾を隠し持った頭領の姿。


「頭領…これは?」


「倉庫まではお前が運転してくれ」


「それは、構いませんが……」


この閃光弾は一体…。

そう思ったけど、何も聞けなかった。

第一、敵のいる前でそんなことは聞けないし、

頭領の瞳が、“何も聞くな”と言っていたから。


「………分かりました」


「悪いね、頼むよ」








今思えば、この時気がつくべきだった。

あの、頭領の瞳に映った覚悟に。

それが、胸のざわめきの正体だったってことに。

そうすれば、この先の未来は変わっていたのかもしれない。


でも、それに気がつかなかった僕は、静かにエンジンをかけた。

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