キオクノカケラ







………今、詩織は何て言った?



結婚?




婚約?







………誰と?




どうして…。



そればかりが頭を支配して、

オレは言葉を発することができなかった。


後ろを向いてしまった詩織も何も言わず、ただ沈黙が流れる。





………まずいな。

頭が回らない。


それと同時に

あぁ…、

心が空っぽになるってこういうことか。

なぜかそう冷静になれる自分がいた。


そんなことを考えながら、ぼんやりと彼女の後ろ姿を眺めていると

体が微妙に震えているのが分かった。


「……詩織?」


そっと声をかければ、彼女の体がビクリと跳ねた。

そして彼女は袖で顔を擦ると、振り返らずに小さく答える。


「私…もう帰るね。
結城くん、お大事に。

…さようなら………っ」


そう言って歩きだそうとした詩織の腕を、オレは無意識に掴んでいた。

その衝撃でわき腹に鋭い痛みが走る。

詩織も驚いたようにこちらを振り返った。


「結城くん……離して」


目に涙を浮かべて、震えた声で彼女は言う。

オレはそんな彼女をしっかりと見つめた。


「…離さない」


「っ……離して!」


思いきり腕を振り払われて、

わき腹だけでなく太ももからも裂けるような痛みを感じた。

それに顔をしかめていると、彼女は少し立ち止まってから、走って病室を出ていってしまった。


「くそ……っ!
何がどうなってんだ…」


荒々しく髪を掴んで呟く。

自分の体がうまく動かないことと、

詩織を行かせてしまったこと。

これらに対しての怒りが込み上げてきて、思わずベッドを殴り付けた。


それでも怒りが消えることはなく、

ただ虚しさだけが残った。





それから間もなくして、病室のドアが開いた。


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