キオクノカケラ
私は心に固く決意をして、章さんの顔を真っ直ぐに見据えると、

章さんはふふ、と笑った。


「そんなに見つめられると照れますね」


そう言って、ますます顔が近づこうとした。

その瞬間

私の顔の前に別の手が入ってきた。


「はいはいストップ。さっさと家行くぜ?
章、車の手配」


そう言いながら章さんの手を外し、私から遠ざける。

章さんは盛大なため息をつくと、結城くんを横目で見ながら

「まったく…人使いが荒い人ですね」

と小さく呟いたのが聞こえた。


「章、しっかり聞こえてるからな」


結城くんは、キッと章さんを睨んでいるが章さんは全く動じることなく、

むしろ楽しむように微笑んだ。


「ええ、聞こえるように言いましたからね」


「ふん、いい性格してるぜ」


「誉め言葉、として受け取っておきますよ」


そう言いながら章さんは部屋を出ていった。


「誰も誉めてねぇっつーの」


彼が出ていったドアを睨みつけながら、結城くんはぽつりと呟いた。


さすがの結城くんも章さんとの口喧嘩には勝てないみたい。

いつもは大人っぽいのに、今は少し子供っぽくて

何だか親近感がわくような気がする。

そう思うと笑いが込み上げてきて、思わずぷっと吹き出してしまった。


「詩織?」


結城くんは、いきなり笑いだす私に眉をひそめた。

それに対して私は両手を顔の前で振って誤魔化す。


「あはは、ごめんごめん。何でもないの」


「それより、どこに行くの?」


結城くんを“可愛い”って思ったことがバレたら何だか危険な気がする。


そう思った私は話を逸らした。

結城くんは納得のいかないような顔で首を傾げたが、

「後ででいっか…」と呟いてニッと笑った。


「お前の家に行くんだよ」


「えっ……」


その言葉を聞いて、私の笑顔が一瞬で凍りついた。


私の……家……?


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