キオクノカケラ
第4章
詩織の笑顔が一瞬で固まった。


「ど、どうして?
……私を、追い出すの?」


今にも泣き出しそうな顔で、瞳が不安そうに揺らぐ。

軽くオレの服を掴む腕は、微かに震えているのが分かった。

そんな詩織にオレは心が痛んだ。


そんなに、あの家が嫌なのか

なら、何で昨日は帰るだなんて言ったのか


頭の中でそんな言葉がぐるぐると回った。


「結城くん…?」


いきなり黙ってしまったオレに不安を感じたのか、

不安の色を増した瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。


その涙を指先ですくいとると、詩織をぎゅっと抱き締めた。


「大丈夫、追い出したりしない。
不安にさせてごめんな…」


詩織の不安が少しでもなくせるように

自分でも驚くくらいひどく甘い声で囁いた。


それに安心したかのように、詩織もオレに腕を回し、軽く抱き締めた。


「……ありがとう」


今にも消えそうな声で言うと、

ふいに顔を上げて花のように微笑んだ。


「結城くんは、優しいね」


その言葉にオレは苦笑するしか出来なかった。


「そうかな」


「…そうだよ」


少し哀しそうに返事をすると、オレから離れてドアのほうへ向かった。

そして肩越しに振り返り


「私、下に行ってるね」


と微笑んで出ていった。


「優しい……ね」


オレは出ていったドアを見つめて呟いた。


初めて会った時にも言われた言葉…


“あなたは優しいね。女の子なら誰にでもそうなんでしょ?”


お前は、そう言いながらどこか冷たい笑みを浮かべた。



あの時は、確かにその通りだったから言えなかったけど

今なら言える




「……優しいのはお前にだけだよ」




その言葉は、静かな部屋に響いた。


……今さら何言ってんだか……


自嘲するとオレも部屋を出た。


マンションの外に出ると、車が止まっていて

その側で、章と詩織が話していた。


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