万年樹の旅人

 窓の外から虫の鳴き声が聞こえる。

 部屋の中はしん、とした静寂に包まれているというのに、ユナの心はひどく騒がしかった。胸が熱く、なぜだか涙が溢れてとまらなかった。ラムザ爺さんに悟られないように、声を殺して泣いた。

 あれほど行きたくないと思っていた学舎に、今は行きたくてしょうがない。会ってニコルにお礼が言いたかった。たぶん、彼の性格からすると、素直に受け取ってはくれないかもしれないけれど。そして、たくさん彼と話したいと思った。今まで俯いてばかりで、他人を知ろうともしなかった。ニコルが優しい人間だと、知る機会を自分から遠ざけていたのだ。だが、もう知った。ならば、あとは彼を知っていくだけだ。そうして、本当に友達だと呼べる仲になれたらいいと思う。

 そこで、自分がきつく右手を握っていることに気付いた。そっと開くと、たった一枚だけ、金色に光る葉がそこにあった。


 万年樹の葉だ――。


 呼吸が荒くなった。どくどくと、脈打つように心臓が鳴り続いている。穏やかではない心地のまま、ユナはさっと布団を跳ね除け、窓脇に屈みこんだ。そのまま一瞬思案する。けれど、万年樹の葉を見たときから考えていたことは、たったひとつだった。

 出窓からぱっと葉を投げた。

 風に揺られて、まるでどこに落ちようか迷っているような動きで、ひらひらと遠くへと葉は消えていった。いつか、あの葉から芽が出たりしないかな。そう思った。もしたくさんの葉っぱをつけたなら、ルーンが――ルーンの魂を持った人間が、万年樹に惹かれてやってくるかもしれない。そのとき自分は、もう大人なのだろうか。それとも、自分ではない自分になっているのだろうか。何度も転生を繰り返し、そしてやっと見つけられるのだろうか。それでもいい。けれど、絶対見つけてみせる。今までにない強い思いが胸の中に落ちた。
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