恋愛の条件
「んん―――!」

ちゃぷん、とデスクの上に置かれた修一のマグカップからコーヒーが零れる。

両の手が自由になった修一は全身で抵抗しようとする奈央の身体を押さえ、唇で言うことを聞かせる。

「ん……ゃ……」

いつの間にか一度拾ったはずのチップが散乱し、いくつかパリンと割れる音がした。

最悪だ……

チップが割れて?

コーヒーが零れて?

それともこのキスに感じてしまって?

どうしてこう自分は優柔不断なんだろうか?

一瞬のことで身体が抵抗できなくなり、頭の中までもが蹂躙される。


(こんなキスに深い意味なんてきっとない。心をよろこばせちゃダメ……

ダメなのに……)


修一に頭のてっぺんから爪先まで支配される。

ダメだとわかっていても、一瞬でもいいから触れて欲しくなる。

それは―――甘い麻薬のような恍惚感。

「なんで……?どうしてこんなキスするのよ!?」

解き放たれた唇から振るえるように零れた奈央の心。

修一は奈央の顎をクイっと持ち上げ、真っ直ぐに奈央の瞳を捉える。

「消毒だ」

「は、はぁ?しょう、どく?」


(何の為に?)


意味のわからないことを、酷く真面目に言う。

奈央は一瞬で気が緩み、肩を落とした。

「奈央は俺のものだ。他の男に触れさせてたまるかよ……」

もしかして修一は昨日の晩のことを知っているのだろうか?

片桐とキスしたことを?

「言ったろ?俺は欲しいものは絶対に手に入れるって。奈央を手放す気はないからな?」

修一は呆然としている奈央を椅子の上に座らせた。

「ネイル、直すんだろ?早くしろよ」

修一は散らばったネイルチップをいくつか拾い、何事もなかったようにマグカップを持って給湯室へ入って行った。


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