はらり、ひとひら。
零した呟きなど大した意味は含まないけど。
私はすり足で廊下を後にして、勝手口から傘をさして外へ出た。
辺りはほんの少し暗いが、夜目が利くので昼間とそこまで違いはないように思える。
けれどこれは妖の特性である。
人はきっと、明かりがなければ歩くのもやっとであろう。
天を見上げる。
先程の打ち付けるような雨は止んでいて、しとしとと舞う雫が傘を濡らした。
これは、なんだったか。
「……驟雨(しゅうう)」
─いつだったか、気まぐれに蛟が教えてくれた雨の呼び名。
驟雨はたしか、にわか雨のことだったと思う。
村雨、とも言うのだったか。
いくつもあるその呼称に私は感銘を受け、帳書きにまとめることまでした。
あまりの多さに結局すべてを覚えることはできなかったけど、人の考える言葉はいつの時代も美しく、よいものばかりだと素直に思う。
小降りになったとはいえ、雨降りは主様が大変だ。お車で学舎へ向かうとはいえ途中で歩くのだから濡れてしまわれないか。
朝までに止めばいいのだけど─
「糠雨(ぬかあめ)、霧雨(きりさめ)、小夜時雨(さよしぐれ)」
ぴちゃ、ぴちゃ。
眼下に下駄が見えた。
「だいぶ弱まってきたけど─きっと今日は1日雨だね」
顔を上げる。
長い髪も着物も水を吸って、重そうだ。
「……おかえりなさい、蛟」
「うん」
「傘、持ってきましょうか」
「あはは。いらないよ。僕は水の眷属だもの」
謳って、慈しむように空に手を伸ばした。
弾いた雫が軌跡を描いて、きらきら地面に吸い込まれていく。