はらり、ひとひら。


よかった。これだけ食欲があれば大丈夫そう。


─あの日。薫を見たお母さんと海斗はさすがに少し驚いた様子だった。だけど、「行く宛てがないうえにこれまでの記憶も失っている」と事情を説明したところ「私がきちんとサポートしてあげられるなら」という条件付きで我が家への居候許可が降りた。

「ただし、居候の身といえど、ちゃんと我が家のルールは守ってもらうわよ!」


・ご飯はみんなで
・23時以降は騒がない
・喧嘩しない
・自分のことは自分でやる
・お手伝いは率先して

いたずらっぽく笑ったお母さんの出した椎名家の鉄の掟。これを作ったのはお母さんだけど…本当に、これがあるからこそ我が家の秩序は保たれているんだと思う。

薫はうろたえながらも了承し、晴れて椎名家の一員になった。


実際薫はよく働いてくれる。居候してもう一週間近く過ぎたけれど、お皿洗い、お風呂掃除、床掃除の技術は日ごとうまくなっていって、みんなが家を空けている間雑用を率先してやってくれる。

これが本当にありがたいのだ。お母さんはパート、私は夏休み中だけど補習、海斗は塾(千鶴さんのところ)…なんだかんだ昼間はみんな家にいないことが多い。

さすがにまだ料理は任せられないけど、家を出る前までには一品上手になにか拵えることができるようになってたらいいなあ、なんて思ったりして。


「いやーほんと、雑用ばっかさせてごめんね。…何か、思い出したりした?」

「特には…」

「そっかぁ」

そりゃ、手がかりになるものがないもんなぁ…あ、でも納屋に何かヒントがあるかも。


「あのさ。あんたはさ、陰陽師なの? それとも、祓い屋?」

「…会った時に言ったけど、私はたぶん…どっちでもないよ」

「じゃあ、何」


なに…って聞かれても。巫女っていうことで通ってるけど実際、妖祓いもしちゃってるのは事実だ。だったらやっぱり系統でいったら祓い屋ってことであながち間違いではないのか…?

「う~こういう細かいことわかんない! 師匠ヘルプ!」

部屋の隅っこの座布団に鎮座する白いもこもこを叩き起こすが、反応はなかった。


「えっ師匠?」

おーい、と揺すってみるが無反応。

え。うそ。待って本当どうしたの…? なんか、心なしか、ぐったりしてる?

つついても軽くたたいても起きない。自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。



「師匠、大丈夫!? 熱中症? どうしたの?!」

「いや…寝てるだけじゃ」


薫の声すら耳に遠く、必死に起きてと揺すること数回、師匠のまぶたがピクリと動いた気がした。


「ええい、やかましいッ」

「っ眩し、何!?」


次から次へとなんだ。忙しいなと閃光に目が眩んで、落ち着いた頃ようやく目を開けると見慣れない師匠の姿があった。
< 905 / 1,020 >

この作品をシェア

pagetop