美味しい時間
思わず“行かないでっ”と口走りそうになるのを必死に押え、俯いたままで
いると、静かに玄関のドアが開く音がした。課長の足音がゆっくりと遠ざかっていくのと同時に、玄関のドアがバタンと大きな音をたてて閉まる。
その音に、身体がビクッと跳ねた。
ゆっくり顔を上げると、そこには誰もいない部屋が広がっていた。
「行っちゃった……」
この前の電話での別れ話とは違う、これで本当に終わってしまったという実感に
涙さえ出てこない。
それにしても、なんで課長はここに来たんだろう。来週まで大阪だったんじゃ
ないの?
まさか私に会うために、わざわざ帰って来た? なんてことはないよね。
と言うことは、明日は会社に来るのかなぁ……。
さすがに明日は、顔を合わせにくい。
「お休みしよ」
そう決めると、お風呂にも入らずベッドに潜り込んだ。