その両手の有意義な使い方
五月生まれの文佳の、十八歳最後の日。
埃っぽい講義室の片隅で、突然、彼氏なるものができた。

同じ大学、同じ学部、同じ学科。
ついでに同じ専攻に語学は同じ中国語選択の十九歳男子。

かろうじて個体認識はしていたものの、語学教室の人物Aが突然目の前で「付き合ってクダサイ」と言い出したのにはびっくりした。
いきなり書き割りが立体になって、むくむく動き出したみたいだった。

「ふぅん」

ゆっくりと足を組み、肘を突いてつくづくと書き割りくんの顔を眺める。

犬系か猫系かと問われれば、断トツで犬系。日本系ないしは雑種。
やや顎の線が弱すぎるものの、まあほどほど、という感じ。わさわさした柔らかそうな髪と、大きめの目がかわいらしく、やや舐めてかかってみる。

判定を待つ間、書き割りくんは実に居心地悪そうに、机のうえに放り出された文佳の指を眺めていた。

「まあ、いいか」

ぼそりと呟くと、ぱっと、うなだれていた彼の顔が持ち上がる。本当にワンコっぽい。

「取り敢えず、名前から始めましょうか。なに君だっけ」

「そこからなんだ…? まあいいや。高遠。高遠大樹。よろしく、フミカさん」

書き割りくん改め、高遠は情けなさそうに笑った。

始まりは、そんな風だった。
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