ひとまわり、それ以上の恋
 どうしよう。せめて服ぐらい着て欲しいよ。起こしに来ること分かっているなら。まさかこれもジョークだなんて言われても、笑えないよ。

 私はどこまで近づいたらいいか分からなくて、三十センチぐらい離れたところから、そっと声をかけた。

「あの、市ヶ谷さん。じゃなくて、副社長……おはようございます。起きてください」

 少しずつ近づいて、彼の耳に届くように――と思ったのに。

 ベッドの端っこに膝がつく頃には、ぐいっと引き寄せられて、彼の腕の中に落ちていた。

 バウンドして、彼の顔が近づく。息を詰めると、彼はふわりと微笑んだ。

「……おはよ。起こしにきてくれたんだね。ありがと」



 そんな気だるい声で。

 そんな無防備な瞳で。

 そんなフェロモンたっぷりの身体を見せつけて。

 こんな至近距離で……私を見つめないでください。


 心臓の音はもう限界。ドッドッドとバイクのエンジンもびっくりの莫大な音量をあげてる。

 私はただ小さく丸まって借りてきた猫のようになるだけ。


「お……はよう、ございます……」

 どんなバツゲームなんでしょうか。それとも、これがほんとのご褒美?

 初めて彼のマンションを訪れたこの日。
 こうして私のハートは、完全に奪われた。








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