ひとまわり、それ以上の恋
 とりあえずパソコンを閉じて帰ろう。

 秘書課を改めて眺めるといつ見ても洗練されていてきちっとしている。出社した時にも感じたけど、エレベーターの階で途中で降りていく部署は皆、賑やかにざわついているのに、上にあがるにつれ静かになるのだ。まるで別世界に連れられてきたみたいに。

 役員クラスが朝から晩までオフィスにべったり居座るということがないのだから静か……というのは分かるけれど。こう緊張感が漂っていて私の疲れ具合に加担している感じ。

 帰りは真逆。賑やかな声がところどころ聴こえて、一緒にエレベーターに乗って降りていく。

 他の部署がどんな感じなのだろう。庶務課に兄がいたら、たまには声をかけてみようかな、と庶務課の階で降りて顔を出してみたものの、残念ながら兄の姿はなく、受付担当の高梨さんと目が合った。彼女も私に気づいてくれて、こちらにやってくる。

「あ、仕事終わり? ちょうど良かった。菊池さんも一緒にこれからどう? 同期の子たち誘ってるの。30人くらいは集まりそうなんだけどね」

「飲み会? いいなぁ、楽しそう。いろんな部署の話とか聞いてみたいと思ってたの」

「でしょう? 私も! 秘書課のこと知りたい」

「でも……」

 仕事が終わったら秘書課でそのまま待っていて欲しいと市ヶ谷さんに言われていたし、と時計を気にする。

 さっきパソコンに市ヶ谷さんからメールが入っていて、遅くても十九時には戻れると思う、と書かれていたのだ。
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