ひとまわり、それ以上の恋
「気晴らしにテニスでもしに行かないか?」
「テニス?」

「昔、家族でキャンプ行ったときにも、よくやったろ。五月病を吹き飛ばすにはスポーツだよ」

 兄が私を励ますように言う。それが父から言われたような気がして、私は素直に頷いた。

 それから私たちは井の頭公園に出かけていき、六面あるコートの一面を借りて、テニスをした。

 たしかに言われるように、ラケットを振る度、鬱々とした気分が晴れていく。

 汗を流したあと、ボートに乗ってデートした。ボートを漕ぎながら、兄の〝失恋〟の話を聞いて、そういうことだったのか、と笑った。兄はバツが悪そうな顔をしていたけど。

「失恋ばっかりだよ。女は沢木みたいなのが好きなんだろうけどな」
「もしかして、お兄ちゃんが沢木さんを嫌うのってそれが理由?」

 言ったらますます兄は顔を赤くして、兄なりの言い訳をつけたす。

「入社してから好きな子ができて、一回目の失恋のあと、結構引き摺ったんだ。それからようやく新しく好きな子ができたんだけど……沢木のことが忘れられないってさ。けど、俺は別の女とさっさと付き合ってるのを見てたし、二股かけてたってことも知ってるし」

「私もお兄ちゃんもきっと恋愛に向いてないんだよ」
「まぁ、器用な家族じゃないけどな」

「でも、家族思いでしょ? そういうお兄ちゃん大好きだし、きっと分かってくれる人いると思う」
 兄は私の言葉を聞いて、なんだか照れくさかったのか頭を掻いて、

「おまえにもきっとできるよ」と同じように励ましてくれた。

 そう望む人が、沢木さんじゃなく他の誰かじゃなく、市ヶ谷さんだということは……内緒だけど。

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