ひとまわり、それ以上の恋
「あら、本社の方でしたか。お疲れさまです」
「今日は仕事じゃなかったんですけど、ちょっと聞いてみたくて。今、どれが一番出ていますか?」

「やっぱり誘うブラですね」と店員さんは声を潜めた。

 私は店員さんの視線を追って、カップルで買いにきたお客さんを見て、羨ましくて仕方なかった。

 二人とも目と目を合わせて微笑んで、彼女が照れれば彼氏も照れたりして、まるで鏡のような……恋人同士ってあんな感じなんだろうな。今まで、市ヶ谷さんに出逢うまでは恋という恋なんか意識したことなかったけど。

「見せる相手がいるって、いいですよね」

「あら、お付き合いされている方、いらっしゃらないんですか? 可愛いのに」

「好きな人はいるんですけど……相手にされてないんです。すごく……年上の人だから」

 お父さんと同じ年ぐらいの人……とまでは軽く言えなくて、私は曖昧に笑ってごまかした。結局ひやかしでお邪魔したくらいで、それから買い物をしようという気持ちにもなれなくなり適当にカフェで喉を潤してから、家路についた。

 これはもしかしたら五月病かもしれない。
 帰宅すると、私より先に家を出たはずの兄の顔が見えて驚いた。

「どうしたの? 早くない?」
「あー……映画を観に行っただけだから」

「ねぇ、彼女ってアシュレイにいた人でしょう? 同じ庶務課の人?」
「俺のことはいーよ」

 あんまり触れられたくないみたいだ。
 この家系はもしかしたら恋愛下手なのかもしれない。


< 96 / 139 >

この作品をシェア

pagetop