蒼穹の誘惑
手渡された大きな封筒を手に、浅野の表情は強張っていた。

差出人が書かれていないと聞いた時から嫌な予感はしていた。

なぜこの封筒を一番に開けてしまったのだろう……

「わざわざ誰がこんなものをっ」

浅野は苦々しい気持ちでこの封筒を投げ捨てた。

今から自分が想いを寄せているみずきが、ここへやってくる。

顔を洗って着替え、さっさとビジネスモードに切り替えなければならない。そう思うのに、身体は鉛のように動かない。

マンションに引き籠っていたのは、仕事に集中するためだけではなかった。

誰とも会いたくなかった。

浅野本来の性格は、その人目を惹く外見とは裏腹に、内向的で人と関わることは苦手とした。

あれだけメディアに進出し雑誌の表紙を飾っていても、本来彼は、記者のインタビューに応えるより、TwitterやFacebookで顔の見えない相手と対話している方が気が休まるのだ。

だからこそ、何かあるとすぐ周囲との接触を一切遮断し、マンションに引き籠ってしまう。

本当ならば、みずきと過ごした一夜の余韻に浸り、気分の良い週末を送れるはずだった。

極上の気分から一転して地獄に突き落とされたあの夜を思い出すと、胸が締め付けられるように痛んだ。



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