蒼穹の誘惑
髪はぼさぼさで、Tシャツにダメージデニムという姿から、やはり開発に没頭していたのだろう、と秘書はため息をもらす。

彼はカフェインの強いコーヒーを秘書に頼むと、「1時間後に来客がある」そう一言告げ、社長室に籠った。

こんな時、浅野に何を言っても無駄なことはよく分かっていた。素早くコーヒーを出し、必要事項のみ報告すると、今日届いた郵便物を手渡した。

デスクの上に山積みにされた郵便物はここ数日封が切られていない。

まずは、そこから手をつけて欲しいところだ。

基本、浅野は自分のことは全て自分でしたがる。本来秘書がチェックする郵便物やメール等も自らが確認する。

「社長」と傅かれるのを嫌い、社員には自分のことも苗字で呼ばせていた。

気取らないのは結構だが、如何せん、彼は「社長」なのだ。一介の技術者と同じでは困る。

自分でできないときは、こちらに回して欲しい、と思う。後々そのつけが秘書に回ってくるのだ。

「浅野さん、何かあれば内線でお呼びください」

文句の一つでも言いたいところだが、いつもとは違う浅野の雰囲気に、秘書はさっさと社長室から退散した。



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