誰を信じる?(ショートショート)
「どこ行ってたんだよ」
 目の前にいたのに、声をだされるまで全く気付かなかった。
「え……」
 筒井に店の前でタクシーに乗せられ、マンションの駐車場まで帰って来、最初に現れたのは桜木ではなく、伸であった。
「まさか、あいつの店行った?」
 出てくる時に会ったのとほとんど変わらない様子で、伸は続ける。
「あいつすぐちょっかい出すから……」
「何でここにいるの?」
「お前の話聞きに来たんだよ」
「え、どんな?」
「なんかこの前言いかけただろ? あれだよ」
「ああ……」
 それはもう解決したような気がする。
「まあ、今のところはいいよ」
「あそう」
 綾乃は素早く伸の横を通り過ぎようとする。
「お前、オタッキーのことで悩んでるんだったら、俺に相談しろよ」
 またいつもの自信過剰かと、綾乃は振り返って言った。
「今は大丈夫だって」
「助手のこと知らないだろ、どうせ」
 伸は何か確信して言っている。その様子が表情に完全に出ていた。
「……知らない」
 素直に話を聞くという態度を見せないと、伸は絶対に手の内は明かさない。そういう頑固な男だ。
 綾乃はその秘密が知りたくて、正直に伸の顔を見つめた。
「俺の客なんだよ、その助手。オタッキーとつるんでもう長いそうだ」
「助手歴が長いんじゃないの?」
「そうだったらいいけどな。意外にラブホが好きらしいぞ。まあ安いし、お前にバレないわな」
「意味分かんない」
 綾乃はただ伸を見つめた。
 そんなまさか、あんなセックスしかしない桜木が、
いつも適当に自分のことだけこなしている桜木が、
話しかけたって研究のことしか興味がない桜木が、
休みの日に遊びに行こうとねだったって、いつも大学に行く桜木が、
ちっとも優しくしてくれない桜木が、
私のことなんてどうでもよさそうにしている桜木が、
指輪も研究の邪魔になるからってしない、桜木が……。
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