久遠の花〜blood rose~雅ルート

 一人残った私は、再び、天井を仰ぐ。
 痛みがあると言っていた先生の顔は、なんとも言えない辛そうな表情をしていた。だからきっと、痛みは今まで体感したことが無いほどのものなんじゃないかって。



 ――――それでも。



 私の中で、もう答えは出ている。だから――テーブルに置かれた薬に、視線を向ける。やるなら今。決意したその時からやるべきだと、私は、薬を断つことを決めた。
 ナースコールを押し、看護師さんに先生を呼んでもらうように言う。
 病室に入るなり、先生は早いですね、と少し驚きの声をもらしていた。

「やるなら、早めがいいと思ったので」

「そうですか。では、しばらくはここに誰も入らないようにしておきますね」

「わかりました。――あのう」

 病室を出ようとする先生に、どれぐらいの時間、痛みが続くのか質問してみた。

「予測ですが、二日程で治まるかと」

 二日、か――。
 何とか頑張ります、と伝えると、先生は微笑みながら部屋を出て行った。
 一人になると、私は横になり天井を眺めた。
 これからどれだけの痛みがくるんだろう――。
 小さい頃の火傷ぐらいかな?とか。今まで経験してきた痛みを思い返していた。これまでの痛みなら、この前の夜、左手を火傷した時が一番な気がするけど。
 局部的な痛みなのか。全体的な痛みなのか。どちらかわからないけど、出来るだけ軽いものになってほしいなと思った。
――そして。薬を飲まないまま、約一時間。徐々に呼吸が荒くなり、息をするのも痛みに感じてしまうほど。
 痛いのは生きている証、なんて聞いたことがあるけど、今まさに、それを体感してる気がする。
 いつもなら看護師さんが来る時間だけど、先生が手配しているおかげで、病室には誰も入って来ない。正直助かる。今の姿を誰かに見られるのは、気分のいいものじゃないし。このまま起きていても、何もすることはない。痛みが続くなら、いっそのこと気絶するか、どうにかして眠れればいいんだけど。



 ――ブー、ブー。



 震動音が聞こえる。テーブルにあるスマホが鳴ってるようで、私はゆっくり体を起こし、なんとかスマホを手にする。
 ――たった、これだけのことなのに。全力疾走した後のように、体は疲れ果てていた。
 誰から、だろう――? 開いてみると、そこには雅さんからの着信が。
 ――あ。切れちゃった。何の用事だったのかと思いながらスマホを手放すと、再び、震動音が聞こえた。見ると、着信はまた雅さん。余程何かあるんだろうと思い、私はなんとか電話に出た。

「――――もし、もし?」

『日向さん!? よかった、無事なんだな』

「えっ?――――あ、はい。一応」

 声が、雅さんとは違う。でもすぐに、それが叶夜君だというのが聞いててわかった。

『いきなりで驚いた。リヒトさんから話は聞いてるが……特に、変わったことはなっ、おい!!』

『ジャマが入ってごめんねぇ~。美咲ちゃん、お見舞いはあり?』

 やけに機嫌のいい雅さん。電話口では、叶夜君がなにか言っているようで。ケンカしながら電話をかけているんだなというのが容易に想像できた。

「今は、調子が悪い……ので」

 今度にしてほしい、となんとか口に出し、電話を切った。
 ちょっと話しただけなのに……かなり辛い。
 でもそのおかげか、ようやく意識が薄らいできた。これならきっと眠れる。少しでも痛みを忘れたくて、私は、その感覚に身を委ねていった。

 *****

 病院。そこは、陰の気が溜まりやすい。生と死が混在するそこは、今、淀んだ空気に包まれてかけていた。
 ひたっ、ひたっ、ひたっ――。
 廊下から音が聞こえる。
 やわらかい音。よく聞けば、それは素足で歩いている音に似ている。
 ひたっ、ひたっ、ひたっ――。
 規則正しく聞こえていた足音は、ある病室の前で止まる。
 静かにドアがスライドされ、足音は、中へと侵入していく。
 ひたっ、ひたっ、ひたっ――ひたっ。
 ベッドの前で、足音が終わる。
 カーテンは開けられたまま。目の前には、静かに寝息を立てる少女――美咲の姿があった。

「■■■……」

 呻(うめ)くような、人の耳には聞き取れない声。低い嫌悪な声の主は、力いっぱい、美咲の首を締め上げる。
 ――だが、何故か美咲は反応を示さない。深い眠りなのか。それとも、一瞬で気を失ってしまったのか。
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