としサバ
 かの川に着き、信彦が格子戸をガラガラッと開けると、待っていたかのように中から声がした。


 「お帰り。あら、深ちゃん、今日は遅いのね。何にする。あるものでいい」

 「いいよ。酒は冷がいいな」
 「広ちゃん、冷をお願いね」

 女将の道乃が、お手伝いの広ちゃんに言った。
 中には、奥に二人の客がいるだけだった。


 「今日は暇みたいだね」

 「いつもよ。最近は不景気だから、新地もめっきり客が少なくなったわ」

 「そうなんだ」

 
 「だから、この頃は12時過ぎで店を閉めているわよ。深ちゃん、今日は普段着なの。いつも背広でびしっと決めてるのに、どうしたの」

 
 女将が信彦に尋ねた。



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