愛は満ちる月のように
悠は切ってかけ直すと言えず、息を殺すようにして話を聞いた。


『現在、桐生家が動いている気配はないですね。残念ながら先の選挙で地盤を失い、政界では厳しいポジションに立たされているようです。当主不在ですから、仕方がないといえば仕方ないんですが』


美月の帰国を察している様子も、O市まで人を回した様子もない。ただ、美月がまだかなりの資産を残しているのは事実。それを欲しがって動き出す人間が出ないとは限らない。


『ただ、今の桐生家なら金で片がつくんじゃないでしょうか? 一番は、相応の年齢になられた美月さんが桐生に当主として入られるのがベストですが……。ある程度警戒を怠らなければ、日本国内で暮らされることも可能だと思われます』


美月や家族の身にこれ以上の危険は及ばない。そのことを聞いたら、彼女はどれほど喜ぶだろう。

ホッとする反面、これで悠のお役御免が確定した。

離婚を阻む理由も、子供を作るなという理由もなくなったのだ。


(だがそれなら……あの、嫌がらせの電話はいったい……)


悠の背中に冷たいものが伝う。

十年前から彼に纏わりつき離れない――呪いの言葉を吐き、家族の絆を断ち切り、悠の中から幸福に満たされる思いを奪った魔女の姿が思い浮かぶ。
 

新幹線はゆっくりとホームから離れていく。

悠は息をすることも忘れ、自分が乗るはずだった白い車体を見送っていた。


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