愛は満ちる月のように
胸元で聞こえる声は悠の心臓を揺さぶった。

恐る恐る美月から離れようとする。だが、美月のほうが悠を放さなかった。


「遠藤沙紀さんて方。前、姉がいるっておっしゃってたわよね? 三人で行った動物園で会ったの。知り合いの子供さんの付き添いって言われたんだけど……私には偶然だとは思えないわ」


美月の声は緊張を孕んでいた。

彼女の言うとおり、偶然ではないだろう。おそらく、悠の周囲を気づかれぬように徘徊し、タイミングを見て接触してきたに違いない。

この分なら、あの無言電話の犯人も……。


「彼女は……君に何を言った?」

「正直に答えたほうがいいのかしら?」


言いよどむ美月の口調に、悠はほとんどの内容を察する。


「いや……わかった。もういいよ」

「それだけ? ちゃんと聞いて、否定はしないの?」

「君が信じたいものを信じればいい。どうせなんの証拠もない。今となっては水掛け論だ。ああ……ひとつだけ確かな事実がある。――僕があの女を抱いたのは本当だ」


早口で吐き捨てるように言い、悠は美月から離れた。


< 213 / 356 >

この作品をシェア

pagetop