愛は満ちる月のように
「すみません……驚かせてしまって……」


ふと気づくと、地面に膝をついた悠に美月は横抱きにされたままだった。通行人もこちらをチラチラ見ながら歩いて行く。その視線が、美月は恥ずかしくてならない。

やっと悠から手を放し、身体も引き離そうとする。

だが、


「ついさっき、調査会社から連絡があった。暁月城ホテルの美月の部屋を突き止め、内線で無言電話をかけたのは君だな」


悠の言葉に美月は動きを止めた。


同時に、『ユウさんユウさんって……。聞こえよがしに……桜フェスティバルのときだって』つい先ほど千絵が口走った内容を思い出し……。



千絵はあの日、納得できずに会社の周囲をウロウロしていた。『十六夜』から飛び出す悠のあとを追い、桜フェスティバルで“楽しそうに寄り添う”ふたりを見つけてしまう。

風に乗って聞こえてくるのは『ユウさん』の声。

悠は女性の扱いはスマートで、気前のよい男性だった。他の女性との付き合いにさえ口を挟まなければ、千絵の自尊心を満足させてくれる。

悠の結婚は嘘だと、千絵に教えてくれる人がいた。その人物は、『ユウさん』と呼んでみれば彼の真意がわかる、とも教えてくれたのだ。

そして千絵が満を持してその呼び方を試した途端、悠は千絵と別れると言った。

美月が本物の妻であったら困る。千絵は動揺し、暁月城に勤める親戚に一瞬だけ空き部屋を使わせてくれるように頼んだ。千絵の父親に借金のあった親戚は断ることができず……。


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