愛は満ちる月のように
父は本当に事務所を畳むつもりらしい。

後を継ぐ気になっていた真は落ち込むか、と思いきや……プレッシャーがなくなって随分楽そうだ。

紫にしても同じで、とりあえずほぼ両親を独り占めできるのが楽しいようだ。


(でも沙紀は……いや、今はそれどころじゃなかった……)


悠は空港からタクシーで、ボストン・ガールズ・シェルターのあるクーリッジコーナー駅へ向かう。

ボストンはバックベイから南、とくにロックスベリー地区辺りが一番危険だと言われる。クーリッジコーナー駅は北にあった。ガールズ・シェルターの安全性を考え、比較的治安のよいエリアを選んだと聞く。


タクシーで目の前まで連れて行ってもらったので、迷うこともなかった。

建物は綺麗な白い壁で囲まれていて、鉄製の門がしっかり締まっている。

緑の芝が鮮やかな前庭が門の向こうに見え、外壁と同じ、白い二階建ての建物が見えた。


酒に酔って、あるいはドラッグを使用して、保護された少女に会いにくる男が後を絶たないという。それは少女の恋人や夫、ときには父親というケースもあった。

そのせいで施錠は厳重、出入りはもちろん監視カメラでチェックされる。


(こうしていつまでも門の前をウロウロしてたら……通報されかねないな)


そびえるように閉ざされた鉄の扉は、まるで美月の意思みたいだ。

そんなことを思いつつ、五度目のため息とともに、悠はインターホンを押したのだった。


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