愛は満ちる月のように
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目の前に悠が立っている。

グレーにライトグレーのストライプが入ったスーツ――彼のワードローブにあっただろうか、と考えるが思い出せない。

少し痩せたような気がする。だが、スタンダードなデザインを日本人離れした体型ですっきりと着こなしていた。

そんな彼を見て、こんなことならちゃんとしたスーツを着て仕事をするんだった、と美月は心の中で舌打ちする。


(黒のジャンスカにポニーテールなんて……しかも化粧らしい化粧なんてしてないし。これじゃハイスクールのときと変わらないじゃない)


用務員のジュードに『飲み物はいらないわ』と言うと、彼は黙って首を傾げて出て行った。

そうなると、いよいよふたりきりだ。


「やあ。元気……そうだね」

「ええ、おかげさまで。……あなたは、お仕事? でも、珍しいわね。ボストンに一条系列の支社なんてあったかしら?」

「いや……」

「じゃあ、ハーバード関係? 同窓会の時期は過ぎてると思うんだけど。それとも、レッドソックス戦でも見に来たの?」


我ながら、よく回る舌だと感心する。いや、回っているのは頭の中身だろうか……。感情がついていっていないので、これを空回りというのだろう。

そんなことまで冷静に分析しながら、美月はゆっくりとテーブルに手をつき、立ち上がった。

キィーッと音がして椅子が後ろにずれる。コロのひとつが上手く回転しないせいだ。買い替えなくては、そんなどうでもいいことばかり頭に浮かんだ。


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