愛は満ちる月のように
そう思った瞬間、美月は悠の横をすり抜け、彼より前に出てから振り返った。


「ご心配ありがとう。でも、私はひとりでも平気よ」

「僕は君の夫だ。君のお父さんに、家族として守ると約束した手前もある。ここで……僕の手が届く範囲で、何かあってもらったら困るんだ」

「だから、その義務はもうなくなると言ってるでしょう? 私は本当の意味で強くなりたいの。だって、桐生の名で背負ったものは一生ついてくるんだから。今の自分にできることを、と思ってシェルターの弁護士になったけど……。“一条美月”という偽りの名前のまま、これ以上の人生は重ねたくないの。だって“一条悠の妻”は私に与えられた正しい肩書きじゃないでしょう?」



かつて、美月の知っている悠の家族はとても仲がよかった。招かれると必ず悠も一緒にいて、家族を守るように気を配っていた。自分にも悠のような兄がいればいいのに、と何度思ったかわからない。

だが、ボストンで再会した悠は違った。

昔話をしようとすると、決まって顔が曇る。最初は青年期特有の症状かとも思ったが、そういう訳ではないようで……。

思えば、中学で真と違う学校になり、一条家を訪れなくなってからの悠は知らない。

真から、悠が一条グループの後継者となるべく大学の後期課程は経済学部に進んだと聞かされたことはあった。そのため、実家を出て成城の一条邸で叔母夫婦と暮らし始めたという話も。


彼は美月にプロポーズしたとき、言ったのだ。


『僕は冷酷な人間だから、人並みの温かな感情は持ってないんだよ。だから、誰かと恋に落ちて、君を途中で放り出すようなことはしないし、子供も欲しくないから結婚もしない。僕が相手ならちょうどいい』


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