キンモクセイ

時間は夜9時半過ぎといったところだろうか。街灯の明かりと月明かりを頼りに、振り返りもせず風を切りながら走った。途中で坂の上から自転車で下ってくる近所のおばさんに気付いて、すれ違う時に下を向き顔を隠した。
いつもならこんばんはと声をかけるところだが、今日はそれをしなかった。
日頃から、ご近所さんにあったらきちんとご挨拶しなさいと言っている父親に対しての、ささやかな反抗のつもり。
そんな俺の思いとは裏腹に、血相を変えて走る様に驚いたおばさんが声をかけてくれた。

「優ちゃんこんなに遅くにどこ行くの!?」

『大会が近いからトレーニングー!』

「市民大会頑張ってねー!気をつけるのよー!」
段々声が遠くなっていくおばさんの優しい気遣いが今の俺には胸に痛く、手を振りながら更にスピードを上げた。

もうどれくらい走っただろう。普段はあまり通らない道を走ってきたから、この辺は土地勘がない。見慣れない道で、たくさんのライトとすれ違う。大通りに出ていた。なんとなくホッとして一旦立ち止まった。激しく息が切れ、手を膝について呼吸を整える。ダッシュした疲れと、普段反抗をしたことがないオヤジに対して初めて反抗したことが自分を興奮させていたが、一瞬にして我に返る。
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