女王様のため息
ドアをノックしながら返事を待たずに開けると、聞かされていた通り研修部の部長と専務が書類を広げながらコーヒーを飲んでいた。

長机の上に並べられている書類はきっとダミーで、仲がいい二人がこの場にいる理由はきっとコーヒーだ。

同期入社だという二人の仲の良さは社内でもよく知られていて、専務がいなければ研修部に連絡するというのが暗黙の了解となっているほどだ。

今だって、机の上の資料になんて全く視線を向けず、手元に広げた雑誌に二人で夢中になっている。

『初夏の釣り三昧』

という文字がちらりと見えて、あー、やっぱりと肩を落とした。

「私、まだまだこの会社で働きたいんですけどね」

ため息とともに呟いたわたしの言葉が二人に届いたのか、わからないくらいの小さな声だったけれど、二人が意味が理解できないと顔を見合わせたところを見ると、ちゃんと届いたようだ。

「真珠さんが働きたいと言うなら、定年退職まで働いても構わないし、女性初の取締役を狙ってもいいんじゃないか?」

「まさか、総務部のお局たちに何か言われたか?あまりにも仕事ができる後輩への妬みをぶつけられて悩んでるとか?」

真面目に、そう、真面目な声で二人は私を気遣うけれど、その態度そのものが今の私にはいら立ちの原因で、思わず厳しい目で二人をにらんでしまった。

「総務部の先輩たちも後輩たちも、みんな私をかわいがってくれてます。
仕事ができる女が部署内にいてくれて、助かるっていつもおだてられては気分良く仕事もこなしていますし妬まれてるわけでもありません。

悩んでるとすれば、大企業だと言われているこの会社の部長と専務が仕事もせずに会議室にこもって『釣り』の相談をしてることに不安が消えないってことです。

取締役にもなれるなら目指しますけど、頼りない上司たちのせいで会社が立ち行かなくなったらどうしようかと、それだけが不安です。
働きたくても、この会社がつぶれたら、困るんです」

一気に吐き出した。

瞬間、私の表情が固まったのを自覚する。

あー、また、やってしまった。

はっと気づいた時にはいつも手遅れで、私の中にある強気な正義感が目を覚ましては、勝手に口を動かしてしまう。

プライベートではへたれな私なのに、仕事となると、どうしてか突っ走っては後で後悔してしまう。

あーあ。





< 114 / 354 >

この作品をシェア

pagetop