桜空あかねの裏事情


気付いた時、男は真っ暗な空間にいた。

手を伸ばしても、何も掴めない。
歩いてみても、何も見つけられない。

自分しかいない空間。
しかし男は何故か怖くなかった。
否、正確には怖かっただ。

もう嫌というほど理解しているのだ。
自分はあの時から孤独であると。
今も昔も。
そしてこれから先も。
彼は孤独なのだ。

そう思って諦め顔で力無く笑えば、正面によく知る人達が現れた。
優しい眼差しや温かな微笑みを向けられる。
その途端、内にある何かが溶かされていくように、温かい何かを感じた。
かつて自分が愛しいと、大切だと思った人達。
思い出さないようにしていた過去と何ら変わりない姿と笑顔。
それなのに、男は昔みたいに自然と笑う事が出来ない。
無理に笑おうとすると涙が出て来そうになった。

それでも。
触れたくて。
触れて欲しくて。
男が彼らに手を伸ばした、その時――


世界は崩れる。

悲鳴と怒声が飛び交い、辺り一面が血に染まる。
無数の影が、彼の大切な人達に凶器を振りかざし、蹂躙する。
男は何が起きているかも理解できないまま、彼らの方へ駆け出そうとする。

すると不意に後ろから抱き止められた。
柔らかく温かな手が、彼の視界を閉ざす。


「駄目。見ては駄目……あなたは何も知らなくていい……」


その人はそう言って彼を抱き締めた。
けれど……彼は見てしまった。



知ってしまったのだ。


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