桜空あかねの裏事情
「いくら則義様でも酷いです。私はこの子が良いと申しているというのに……そうやって、私のお心を踏みにじるおつもりですか?」
目尻に涙を溜めながら袖で口元を覆い隠せば、則義は慌てたように、黒貂の肩を両手で押さえて自分の方へ向かせる。
「ち、違うよ黒貂!僕は君を、純粋に心配してるだけなんだ!」
「……そうなのですか?」
「そうだよ!だから君がいいなら、もう何も言わないよ」
――うわぁ…完全に手玉に取られてるって感じ?
二人のやり取りを直に見て呆れるあかね。
だが自分と接していた時とは違う黒貂を垣間見て、思いの外、策謀家かも知れないとも思えた。
そんな事を思っていると、視界が翳る。
見上げれば、未だ納得出来ていない表情でこちらを見下ろしていた則義の姿があった。
「見掛けによらず、黒貂にすごく気に入られてるみたいだね」
「……恐縮です」
目の前で言われ、答えないわけにもいかないので、それらしい言葉を口にする。
「ホントだよ。あぁ言っておくけど、黒貂は僕の愛妾だからね」
「存じております」
当たり障りないように言葉を選べば、一応納得したのか則義は離れ、再び黒貂の方へと振り返る。
「じゃあ黒貂、僕の部屋に行こうか。今日は君と過ごしたいんだ」
「っ…お待ち下さいませ」
無理矢理、手を引かれる黒貂は留まって、あかねを見遣る。
取り残されつつある自分を気遣っているのだろうか。
だがその視線は何故か、どこか助けを求めているようにも感じた。
「ああ、彼女には矢一を付けるから大丈夫さ」
心情を察する事すら、思い至らないであろうこの男はそう言って、彼女の腕を引いていく。
黒貂は変わらず浮かない表情だが、嫌だと拒絶するわけにもいかないのだろう。
仕方なく歩き始めた。
何か言葉を掛けるべきなのだろうか。
それとも空いている手を掴んで、止めるべきなのだろうか。
否、今のあかねには何も出来ない。
今は、まだ。
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