《短編》家出日和
家出日和
照りつける日差しから逃げるようにあたしは、木陰にあるベンチに腰を降ろした。


手に持つお茶のペットボトルが水滴を垂らし、あたしの手から熱を奪う。


反対の手で持っていたボストンバッグを、自分の横に置いて。


セミの鳴き声が、耳にばかりついて不愉快だけど。



目の前を、散歩中のピンク色したフラミンゴが群れをなして歩く。


飼育員が通り、その後ろから追いかけるように子供達が、笑いながら駆け回る。


何とも穏やかな、夏の日の昼下がり。


平和でしかない動物園の中であたしは、そんな光景をただ見つめ続けた。




本日絶好の、家出日和。


両親のお墓参りを済ませ、その足で子供の頃に来た動物園へと足を運んだ。


とりあえず、暑すぎて。


来て早々に、後悔ばかりが募るけど。


家出したことに関しては、後悔なんて微塵もない。



♪~♪~♪

間抜けに鳴り響いたのは、あたしのポケットに入れてある携帯の着メロ。


まぁ、見なくても相手の見当はつくけど。


やれやれと思いながら、仕方なくそれを取り出した。



着信:俊ちゃん


―ピッ

「…何?」


『…置手紙。
読んだんだけど、どーゆー意味?』



“家出しまーす”


それだけ書いて置いてきたけど、やっと今になって気付くとは。


あたしの存在なんて、この人にとって一体何の価値があると言うのだろう。


低く聞いてきた声に、いい加減ため息を吐き出して。


額に滲む汗が、ベタついて気持ち悪い。


< 1 / 76 >

この作品をシェア

pagetop