わたしの魔法使い
あの日、会長から聞いたのは、父親からの暴力と、書けなくなったことだけだった。

だけど、朱里ちゃんが話してくれたのは、それ以上のことだった。

僕を信じてくれている。

そう感じた。



正直言うと、お母さんが作家だったってことにすごく驚いた。

それも、自殺した……なんて……


小さい頃の朱里ちゃんの事を思うと、本当に可哀想で、僕まで泣きたくなる。

でも、僕まで泣いちゃダメだよね。

僕は朱里ちゃんの笑顔を守りに来たんだから。




溢れる涙を拭うことなく、懸命に話してくれた朱里ちゃんに、僕がしてあげられること。

それは「辛かったよね」という言葉と、頬を伝う涙を拭ってあげることだけ。

それしかできないけど、少しでも朱里ちゃんが楽になればいい。


朱里ちゃんの頬に手を当てて、そんなことを考えていた。



「――颯太さんがいい」


まっすぐに僕を見つめる朱里ちゃんの目に、ほんの一瞬、僕ではない誰かが写っていた。

見間違いかと思うほど、ほんの一瞬。


もう次の瞬間には僕の手から離れ、ビールを飲み干していたから。

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