マスカケ線に願いを


 こうやって、私のことを理解ながら受け入れてくれた人は初めてで、本当は少しだけむずがゆい。
 ユズは、『あの言葉』を恐れる私の心を救ってくれた。
 だけど、私には本当にユズは私から離れていかないのかはわからない。
 もしも、ユズが私に飽きてしまったら……そんな恐怖が心のどこかにあって消えない。

 だけど、それを考えたら堕ちてしまう。

 少し楽天的かもしれないけれど、今はユズのことを想って、ユズが離れないことを願って、そうやって過ごせば良いじゃないかとも思う。


「杏奈の可愛いところは、俺だけが知ってればそれでいいんだよ」

 ユズがすましながらそう言った。

「うわ、それって惚気? 俺って惚気られてる?」
「コウは人の恋愛事情なんかに首を突っ込んでいないで、ご自分の相手も探したほうが良いんじゃないですか?」

 コウは悔しそうに、顔をしかめた。

「杏奈ちゃん、うちの妹と同じこと言うのはやめてくれ」
「コウ兄が悪いんですよ」

 もう、やられっぱなしじゃいられない。
 私だって、余裕が出来たんだから。

 三人で笑いあっている、こんな時間が愛おしい。



「杏奈ちゃん」
「あ、小夜さん」

 帰ろうとしたところに、小夜さんがにこにこと近づいてきた。

「聞いたわよ」
「え」
「蓬弁護士と付き合うことになったって」

 私は微笑んだ。

「少しだけ、素直になってみようかと思ったんです」
「良いのよ。ちっとも悪いことじゃないんだから。本当に素敵なカップルで羨ましい」

 いいなぁと頬を染める小夜さんが、少女のようで可愛らしい。

「あれ、でも一緒に帰らないの?」
「え、っと……」

 実はユズは先に駐車場で待っている。私の反応にそれを悟った小夜さんが、にやりと笑って声を潜めた。
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