マスカケ線に願いを



「……杏奈?」
「っ」

 物音がして顔を上げると、そこには驚いたような顔のユズがいて、慌てて時計を見れば既に夕時だった。

「杏奈……」
「お、おかえり……」

 私が姿勢を正すと、ユズが険しい顔をした。

「どうしたの?」
「また堕ちてたのか」
「え」

 唸るような低い声に、私は硬直した。

「一人で、また堕ちてたのか?」
「……」

 堕ちていたのは事実だから、私は何も言えなかった。ユズが仁王立ちで私を睨みつけている。

「杏奈、俺は杏奈の何なんだ?」
「え……?」

 ユズが、怒っている。私はじっとユズの顔を見つめた。

「不安だったんだろ、俺が小町といて。それならなんでそう言わない?」
「ち、違……」
「何が違う」

 確かに不安だった。
 確かにユズと一緒にいたかった。
 でも、素直になれなかった。

「俺だって人間なんだから、言われなきゃ杏奈の気持ちなんてわからない。杏奈はいつも一人で抱え込んでる」

 憤りに満ちたユズの声に、私は何も言えなかった。その通りだったから。

「杏奈が一人でなんでもできるのはわかってる。けど、それならどうして堕ちた?」
「……ユズ……」

 ユズがため息をついて、私の頬に触れる。

「寂しいなら、寂しいって言わなきゃわからない。一緒にいて欲しいって言ってくれないと、俺が寂しい。杏奈に俺が必要なくても、俺には杏奈が必要なんだ」

 ユズの言葉に、私の目から涙がこぼれた。
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