マスカケ線に願いを

「でも、自分の気持ち見えただろ?」
「…………」

 コウが、小夜さんやユズがいるのに私に手を出すとは思えなかった。それに妹のような私にそんな感情を抱くとは到底思えなかった。
 だから、コウが何らかの目的を持ってやった行動だとはすぐにわかったけど、心臓に悪かった。

「ユズのことが、好きなんだろ?」
「……好きですよ」
「なら、つべこべ言ってないで、素直になれよ」

 頑固で意地っ張りの私が、そんな簡単に素直になれたら、苦労はしない。

「わかってます、私が素直じゃないってことくらい」
「なら……」
「それでも怖いものは怖いんです!」

 私は、思わず叫んでいた。

「自分を見失うのが怖い。ユズといると簡単に自分を見失う……!」

 ユズといると甘えたくなる。
 ユズといると守られたくなる。

 ユズの行動ひとつで揺れ動かされる。
 ユズの言動ひとつで心が揺さぶられる。

「……それで、いいんじゃないか?」
「っ」

 私はコウを見た。コウは、切なげに笑っていた。

「それが、人を好きになるってことなんじゃねぇの?」
「人を、好きに……?」

 ユズに心を許して、一緒にいる安心感から、私はユズに惹かれていた。
 だけどそれと同時に私の心がユズのおかげで揺れ動かされるようになっていた。

「杏奈ちゃんは、意外に臆病なんだな。それとも、慎重すぎるのか」
「……弱い、だけですよ、きっと」
「杏奈ちゃんは弱くなんかない。だから、もっと自分に自信持って」

 自信、その一言ではっとした。
 今まで自分自身の力で、自分の責任で行動してきた私。
 だけど恋愛ということに関して私は、自信がなかったんだ。
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