マスカケ線に願いを

「杏奈って、損するタイプだろ」
「え?」

 きょとんとする私の頭をなでて、ふっと笑うと、ユズは私と入れ違いにトイレに入っていった。

 私はしばしユズが消えていった扉を見つめて、そして微笑んだ。
 服を取りに寝室に戻りながら、私はどこか心が温まるような感覚を覚える。
 本当に、ユズは不思議な人だ。初めて会ったようなタイプの男の人。

 ユズが戻ってくる前に、と、さっさと服を着替えた。
 ちょうど着替えが終わった頃に、ユズが戻ってくる。そして私を見た途端、残念そうな顔をした。

「なんだ、着替えたのか」
「はい。いい加減に帰らないと、迷惑になると思うので」

 私の言葉に、ユズはしかめ面になった。

「ほんっと、杏奈って堅苦しいな」
「また敬語のことですか?」
「そういうこと」

 私は苦笑する。

「ユズって呼ぶのにも結構抵抗あるんですから、敬語くらい許してください。ただでさえユズは年上で、事務所のエリート弁護士さんなんですから」
「まあ、いずれ敬語やめてもらうから」

 ユズはしぶしぶといった感じでそう言うと、そっと私の下ろしたままの髪に触れた。

「杏奈、約束しろ。一人であんな場所には行かないって」
「……わかりました」
「一人になりたいときは、俺を呼べ。いいか?」

 呼ぶといっても、私はユズの連絡先を知らない。

「わかりました」

 でも、それは言わないことにした。
 ユズのことだから、携帯の番号を交換するとか言い出しそうだったからだ。
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