マスカケ線に願いを
どのくらい、怯えていたのかはわからない。
物音がやんだ。
「何してる……」
「お前は……」
「お前、誰だ」
ユズ……?
低い声が、男に詰め寄っている。
「ユズっ……助けて……っ!」
私は、部屋の中から叫んでいた。
「俺の杏奈に、近づくなよ!」
男が狂ったように叫んだ。
と、地面を揺らすほどの大きな物音がした。
座り込んでいた私は、ドアの隙間から外を覗いた。
「放せっ」
「杏奈、警察を」
「は、はい」
ユズが鬼のような表情で、男を床に押さえつけていた。
警察が到着して、男の身柄を拘束した。
ユズが、私はショックを受けているから事情聴取は明日にと、警察を説得して先に帰してくれた。
後には、先ほどの騒ぎが嘘のような沈黙が残された。
「杏奈……」
ユズが、私の隣に座って、私を抱きしめてくれた。
「っ……」
涙が出そうになる涙腺を叱り飛ばして、唇をかみ締める。
「杏奈、我慢するな……」
人前では、泣きたくない。
だけど、限界だった。
嗚咽をかみ殺して、とめどなく流れる涙を隠しながら、私はユズの胸の中で泣いた。