マスカケ線に願いを


 いい年をした男女が、二人っきりで密着しながら照れたように顔を赤らめている様子は、傍から見れば奇異な光景なのかもしれない。

 素直に言ってしまえば、私はユズに惹かれている。だけど、ユズの口から『あの言葉』を聞くのは、嫌だ。
 ずっとこうやって、一緒にいられる距離にいたい。

 この暖かくて、心地のいい雰囲気に、包まれていたい。

「あ、あの」
「うん?」
「今度、お礼にお弁当作りますね」

 私の言葉に、ユズは目を丸くした。そして、本当に嬉しそうに笑った。

「約束な」
「はい」
「あとさ」

 ユズは真剣な顔で、

「俺に、杏奈を守る権利を与えてくれないか?」

 そう言った。

 私は、とっさに返事ができなかった。
 はいと即答してしまいたい心と、どうせまた離れていくんだろうと覚めた心。
 二つの心が、違和感なく私の中に同居している。

「杏奈が、何かに囚われてるのは気づいてる」
「っ」
「今までに何かがあったんだろうし、それを無理やり聞き出そうとかは思わない。ただ、いつかは、俺に心を開いて欲しいなって思うわけだ。まあ、俺のわがままってのはわかってるんだけど」

 ユズは、そう言いながらも少しも疑っていない。
 私がいつか、ユズに心を開くとそう信じている。

 私が恐れているのは、私が心を開いたときに、ユズが離れていってしまうこと。

「俺は、杏奈と仲良くしたい」
「私……」

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