絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 その朝、まだ眠る巽を残して、香月は仕方なく出社した。帰宅すると当然もう彼は仕事に出ている。あまりにもすれ違いすぎる生活には疑問しか残らない。2週間で会った、たったの4回のうち、一緒に食事をしたことは、一度もない。
 それが本当に同棲だと言い切るのなら、仕事の休みも二週間ないことになる。そんなこと、あるはずがない。
 香月が知っているのは、巽がアクシアという店を持っているということだけ。出社する様子を見たこともないし、どこへ出社しているのかも知らない。
溜息は何度もついた。もう、こんな生活、やめようかとも思う。
「やめる」と言うと、「好きにすればいい」という巽の顔が思い浮かぶ。きっと、追いかけては来ない。こちらが、しがみついていないと、振り落とされてしまう。
それでも側にいたいのなら、今は仕方ないのかもしれない。
結局その考えの堂々巡りだったが、今日はある一つの解決の糸口に繋がった。
……、その方面に詳しい人に聞いてみれば何か少しでも分かるかもしれない。
 インターネットで調べても、自分と同じようにその名前がヒットしない巽に不思議を抱きながらも、夕貴のことを思い出してからは、どう聞きだそうかずっと考えていた。彼も夜の東京に3軒も店を持つ経営者だ。同業者のことなら、絶対何か知っているはず。
 そして水曜の勤務後の午後9時、事前に夕貴が出勤していることを確認してから、会社から一番近い新店に客として顔を見せることにする。
 新店舗はまだ出店して一年にしかならないが、その盛況ぶりは雑誌にも載るほどなので、年下とは思えない成功ぶりだと、香月は店を前にして感心した。
 初めての店に少し緊張しながらも、店内に入る。
「あっ、いたー」
 緊張はすぐに解けた。
「よかったー、ここに居て」
「来るってゆんだから、いるよ」
 オーナーとは、おそらくカウンターで酒をつくるような身分ではないはずだが、夕貴は一目見て分かる従業員ではないらしい上等なスーツを着て、カウンターの中で待っていてくれた。しかし、夕貴の店に来るのは実に一年以上ぶりとなる。それだけ来にくい店であることは、確かだった。
カウンターとボックス席があるのだが、ボックス席はホストがついてくれるし、カウンター席もいく度に人が多いので、なかなか落ち着いて一人で来られるような場所ではない。
 だがこの新店に関しては、カウンターを広くとってあり、今日はばかりは夕貴とゆっくり話ができそうな雰囲気で助かったと心底そう思った。
「珍しいな。この前来たの、いつぶりだっけ?」
「夕ちゃんが知らないところで来てるよ」
「嘘つけ」
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